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東京地方裁判所 平成元年(刑わ)1350号 判決 1989年9月28日

主文

被告人は無罪。

理由

一  本件公訴事実は「被告人は、平成元年五月一日ころ、東京都墨田区墨田二丁目一番五号ファミリーレストランジョナサン鐘ヶ淵店において、Aに対し、通話可能度数を一九九八度に改ざんした日本電信電話株式会社作成に係る通話可能度数五〇度のテレホンカード三〇〇枚をその旨告げて三〇〇万円で売り渡し、もって行使の目的をもって変造有価証券を交付したものである。」というのであり、検察官は、右公訴事実にいう「行使の目的」とは、「自己が売り渡したテレホンカードの最終取得者において、これをカード公衆電話機に挿入して、内容真正なテレホンカードとして使用するであろうことの認識をいい、取得者において真正なテレホンカードとして他人に譲渡するとの認識を含まない。」旨釈明し、右公訴事実(右釈明部分を含む。)は刑法一六三条一項の変造有価証券交付罪を構成するとする。しかしながら、テレホンカードの有価証券性、変造の意義及び行使の目的の解釈については争いがあるので、この点について検討する。

二  テレホンカードの有価証券性について

関係証拠によれば、被告人が本件において交付したカードは、日本電信電話株式会社(以下「NTT」という。)が発行した通話可能度数五〇度のテレホンカードに改ざんを加えたものであるところ、先ず、テレホンカードが変造有価証券交付罪にいう有価証券に該当するか否かについて検討する。

1  山内邦夫(二通)及び吉利誠の検察官に対する各供述調書謄本等によれば、テレホンカードは、電気通信事業法三一条一項に基づき、郵政大臣の認可を受けてNTTが定めた電話サービス契約約款一五六条により、同社が種類及び価格を定めて販売するものであって、同約款一二五条二項、三項の規定により同社の設置したカード式公衆電話機を利用する際の料金支払いに使用するものである。これは、券面に発行者である「NTT」の文字と通話可能度数の表示があり、かつ、その裏面には発行年月日、通話可能度数等が磁気により印磁されており、カード式公衆電話機に右カードを挿入すると、電話機が裏面印磁の通話可能度数を読み取り、電話機表面にこれを表示すると共に、通話時間に応じてその度数が減じ、通話を終了すると、電話機が当該カードに新たに通話可能残度数を印磁し、かつ、券面にその残度数の目安となるパンチ穴を開け、返却される仕組のものである。すなわち、テレホンカードの利用者はカードを購入するという方法により事前にNTTに対して一定の金額を前払いし、NTTに対してその度数に応じた電話サービス提供を受けるべき権利を取得するのであって、その権利は当該カードを所持することにより保持され、実現されるものである。これは本来流通を予定したものではないが、無記名式であるところから、その占有を移転することにより実際上自由に譲渡することができ、また、券面のデザインが自由にできるなどからカードデザインの希少性も珍重され、多数のテレホンカードが有償、無償の譲渡の対象として流通していることは公知の事実である。

有価証券偽変造罪等にいう有価証券とは、財産上の権利(権利に準ずる財産上の法的地位ないし価値を含む。)が証券に表示され、その表示された権利の行使につきその証券の占有を必要とするものを汎称すると解される。けだし、有価証券制度は、本来無形無体でそれ自体を直接知覚することができない法律上の抽象概念である財産的権利を有体物である証券に化体させ、物体としての安定性、認識可能性を持たせることによって、その権利の存在を明確化、顕在化させると共に、その権利の保持、移動及び行使の便宜を図り、取引の安全に資することを目的とするものであるところ、刑法上の有価証券の概念も右の有価証券制度の本質に従って解釈すべきである。

ところで、テレホンカードは、本来はカード式公衆電話機を利用するための手段として用いられ、結局は消耗品として使い捨てられるものであるけれども、同時に、その所持人が表示された通話可能度数の範囲内で公衆電話機を利用してNTTから電話役務の提供を受ける正当な権原を有することを表象したものであることは前記の性質及び機能上明らかであるから、有価証券としての性質を併せ持っており、刑法上の有価証券に該当すると認められる。

2  この点について、テレホンカードの券面の記載部分だけではいかなる権利を表象しているのか必ずしも判然としないこと、テレホンカードには換金性はなく、また、盗難、滅失等の場合における再発行請求権も認められていないこと、テレホンカードの流通性はその本質をなすものではないことなどを理由として、その有価証券性に疑問を呈する見解がある。しかしながら、刑法上有価証券といいうるためには、証券における権利の表示が必ずしも券面に表示された文言のみによる必要はなく、一定の形式を備えた証券の外観、体裁等を含め人間の五感によってその証券にいかなる内容の権利が化体されているかが認識可能であることを要し、かつ、それで足りるものというべきである。テレホンカードは広く全国に普及し、その外観、デザインや機能、使用方法等も一般に知られており、外見上テレホンカードであると認識できるものである限り、いかなる財産上の権利が化体されているかも一般人に明白である。換金性や再発行請求権は有価証券に本質的なものでないことはいうまでもなく、これらの点はいずれもテレホンカードの有価証券としての性質に影響を与えるものではない。

3  なお、有価証券の概念に関し、テレホンカードの場合権利が化体しているのは磁気記録部分であり、この部分こそ有価証券としての権利化体性の本質的部分であるとの主張がありうる。確かに、電話機に対する使用の面から見れば、テレホンカードにとって重要なのは磁気部分であるが、しかし、有価証券としての側面から見ると、一般にある証券に真実権利が化体されているか否かは、証券の外観等その全体の特徴を観察し、それが真の作成権限者によって作成されたものであるか否かを判断することによって決せられるべきものであるから、証券の特定部分にのみ権利化体性を認めるのは失当である。加えて、テレホンカードの磁気記録部分は、電話機を作動させ、あるいは残度数を表示する磁気情報の媒介物に過ぎず、この部分に権利が化体していると解するのは結局無形の情報に権利化体性を認めるに等しいから、そのような見解は、無形の権利を有体物に化体させることを目的とする有価証券制度の本質に反するというべきである。

三  変造の意義について

警視庁科学捜査研究所物理科主事早間一郎作成の鑑定書及び司法警察員作成の平成元年五月二六日付け捜査報告書の各謄本等によれば、本件カードは、NTTが真正に発行した利用可能度数五〇度のテレホンカードを用い、その券面部分はそのままで、その裏面磁気記録部分のうち利用可能残度数情報のみを一九九八度に改ざん印磁して、事実上発行時の利用可能度数を超えて使用できるようにしたものであることが認められるが、このような改ざんが変造有価証券交付罪にいう有価証券の変造に該当するかについて、次に検討する。

1  有価証券の変造とは、真正に成立した他人名義の有価証券の記載に権限なく変更を加えることをいい、かつ、一般人をして真正の有価証券であると誤信させるに足りる形式を備えることを要するものと解される。そして、証券に表示された権利の真正に対する一般の信頼を保護することを目的とする有価証券偽変造罪等の立法趣旨からすれば、変造の対象は表示された権利の内容に関わるものであることを要するけれども、必ずしも直接証券の券面に表示されたものに限られるものではないと解される。テレホンカードの場合、磁気情報部分は直接には可視的ではないが、システム上正確な利用可能残度数はカードを電話機に挿入してその電話機表面に表示された利用可能残度数情報を見ることによって初めて認識できるから、右情報は実質的に券面の権利表示を補完し、これと一体のものとしてテレホンカードの権利表示の一部をなしているといえるのであり、その改ざんは有価証券の変造に当たると認めることができる。

2  次に、券面に「50」と表示されているテレホンカードの表面印刷部分をそのままにして磁気部分のみを「1998」に変えた場合、当該カードを使用すれば残度数表示の食い違いが顕在化し、そのため、一見「一般人をして真正のものと誤信させるに足りる」程度の改ざんとはいえないのではないかとの疑問がありうる。しかしながら、テレホンカードの券面の度数表示はデザインの蔭に隠れて必ずしも一瞥して明確に認識できない一方、使用者は磁気部分による電話機上の残度数表示を重視することは一般社会の共通認識であることなどの点を考慮すると、本件カードを一九九八度あるいは九九八度の真正なテレホンカードであると誤信する可能性がないとは言い切れず、本件改ざんが一般人をして真正なものと誤信させる程度に至っているといいえないわけではない。

したがって、本件のような改ざんを有価証券の変造と認めることは可能と解する。

四  行使の目的について

検察官は、本件公訴事実における「行使」の目的を、専ら「最終取得者においてカード公衆電話機に挿入して電話をかけること」の認識をいうものとしているので、電話機にカードを挿入して電話をかける行為が変造有価証券交付罪の「行使の目的」にいう有価証券の行使に当たるか否かについて検討する。

1  同罪の行使の目的における有価証券の行使とは、「その用法に従って真正なものとして使用すること」をいうものと解される。テレホンカードの場合、カード式公衆電話機に挿入して電話をかけることがその本来的用法であり、かつ、ほとんど唯一の権利の実現方法であって、これをもって有価証券たるテレホンカードの行使と解することは一見自然な解釈のようにみえる。

しかしながら、このように解すると以下のような疑問が生ずることは避けられない。すなわち、

(1) カード式公衆電話機は単にテレホンカードの裏面の磁気情報のみを読み取り、かつ、そのうちの残度数情報部分を内容的に意味あるものとして識別するのみである。すなわち、機械が識別できるのは情報の内容面に限られるのであって(磁気情報自体は単なる無個性的なデジタル数字であって、それ自体は何人の作成であってもその作成名義については全く無色である。)、有価証券の行使の相手方に対してその証券上の権利の根拠を示すところの作成名義を識別することは不可能である。

(2) 専らカード式公衆電話機に使用するだけの目的であるならば、カードの外観は全く意味をなさず、磁気情報部分のみが意味を持つから、単なる白紙のプラスチック板の裏面に磁気テープなどを貼りつけ、磁気情報のみを印磁しただけのいわゆる白板カードを用いた場合でも電話機の作動=権利の内容の実現という点では何ら異なるところはないのであって、電話機に対する使用を有価証券の行使と認めるのであれば、右のような外観上は真正のテレホンカードとは似ても似つかないものを作成し、使用する行為までも有価証券の偽造・行使と認めなければ論理的に一貫しないことになるが、それは一般の常識に著しく反する結論といわざるを得ない。

(3) 機械自体が磁気情報を読み取り、それによって自動的に作動するのが本来的システムであるテレホンカードの場合、電話機に挿入して通話することは、結局その使用者がテレホンカードを道具として利用し、機械を操作することにほかならず、換言すれば、カード裏面の磁気情報は、最終の使用場面では電話機を作動させるための「道具」あるいは「鍵」として機能しているに過ぎない。すなわち、カードの利用者は、NTTにカードを呈示して自己の権利の存在を証明するまでもなく、その磁気部分を使用して直接に通話という財産上の利益を享受することができるものである。

2  そこで、既に述べた有価証券制度の本質に鑑み更に検討するに、偽変造有価証券の行使とは、より具体的には「その証券に表示された内容の権利が真実真正に存在しているかのように装って、その行使の相手方における右権利の存在に関する信頼を利用して一定の利益の享受を図ろうとすること」と言うことができ、これは本来証券上の権利の有無を認識しうる人間を相手方とする概念であることはいうまでもない。

テレホンカードの場合、既に検討したとおり、一枚のカードが一面では権利を化体する有価証券の性質を持つと共に、他方では機械を操作するための道具としての機能を併有しており、物理的には一体となっていても概念的には両者は可分であって、使用者はその使用場面によって適宜右二面的性質を使い分けているのである。そして、テレホンカードの有価証券としての行使とは、相手方に対して表示された権利の存在を信用させることにより利益の享受を図ることであり、真正なものとしての他人への譲渡等において、その有価証券たる性質を利用するものである。一方、テレホンカードを電話機に挿入して通話することは、その道具としての性質を利用するものといえるけれども、これは「権利の化体した証券」を用いて相手方にその権利の存在を信頼させるものではないから、有価証券としての行使、すなわち有価証券としての用法に従った使用と認めることはできない。

カードを電話機に挿入して使用することがその本来的用法であるとして、このことから直ちに有価証券の行使であるとの結論を導き出すならば、前記のような白板カードもまた有価証券と認めざるを得ないことになり、不当な結果となる(テレホンカードの電話機に対する使用を有価証券の行使と認めながら、白板カードについては真正なテレホンカードの外観を有していないとしてその有価証券性を否定する見解があるが、疑問である。なぜなら、有価証券の偽変造が一般人をして真正のものと誤信しうる程度の外観の作出を必要とされているのは、本来人に対する行使を前提としているからであって、いかなるものが偽変造の有価証券に当たるかはむしろ行使の概念から帰納的に導き出されたものである。したがって、機械に対する使用を有価証券の行使と認めるのであれば、その前提としての偽変造の有無について証券の外観を問題にする必要はないはずであり、白板カードを作出する行為も有価証券の偽変造に当たるとするのが論理的帰結であるからである。また、本件カードのような改ざんテレホンカードが一般市場に出廻り、実際に電話機に使用されたことが広く知れ渡るようになれば、テレホンカードに対する一般の信頼が失われ、カードシステムが円滑に機能しなくなるおそれがあるという点で白板カードを使用する場合とは異なるから、真正のものと誤信しうる外観を有する改ざんカードを電話機に使用することも有価証券の行使に当たるとする主張がある。確かに、一般の信頼が損なわれる可能性があるという点はそのとおりとしても、それは使用可能な改ざんカードが現に存在し、市場に流通するという事実によるものであり、実際にそれが機械に使われたか否かは本質的なことではなく、右主張も採用しがたい。)。機械に対する使用を直ちに有価証券の行使と速断するのは、テレホンカードの前記二面性を看過し、従来の有価証券の偽変造及びその行使といった概念に著しく反するものであって、当裁判所はこれに賛同することができない。

3  なお、テレホンカードを使用する場合、結局電話機を通してその設置者であるNTTがカードの所持人の権利の有無を判断していると解することも理論的には考えられるが、機械自体によって電話役務の提供が自己完結するカード式公衆電話システムは、人間の判断の介在を予定しておらず、人間の判断を補助するものではないから、右のように解することは擬制に過ぎるというほかはなく、また、電話機が読み取るのは磁気情報のみであって、有価証券の本質である有体性(物として外観、形状、券面表示など)自体を認識するわけではないから、権利の真正に対する人間の判断を代替しているともいえない。

また、検察官は、偽造通貨を自動販売機などに入れることも偽造通貨の行使に当たるとされていることから、有価証券の場合もこれと同様に考えるべきであると主張するが、通貨の場合、価値の体現物として輾転流通するのがその特徴であるところ、自動販売機への使用も偽造通貨を流通に置くことにほかならないのであり、消耗品として使い捨てられ、再使用されることのないテレホンカードの場合と同列に考えることができないことは当然である。

五  以上のとおり、有価証券偽変造罪等における有価証券の行使とは、テレホンカードの場合、これを真正のものとして他人に譲渡するなどの行為をいい、電話機に対して使用する行為を含まないものと解されるところ、関係証拠によれば、被告人が、平成元年四月ころ、Bから、かねて出廻っていた改ざんカードについて「電話機に入れると最初は九九八の表示が出るが、一旦零になっても次に九九九の表示が出て結局二万円分近く使えるカードである。」旨の説明を受けた上、「一枚八〇〇〇円で回してやるから売り先を探してくれ。数が多ければ一枚六〇〇〇円で回してやる。」ともちかけられ、それが不正に改ざんされたものであることを知りながら、密売して利益を得ようと考え、Cに対し、右事情を説明した上、一枚一万円で売り渡したい旨申し入れたところ、同人が三〇〇枚の購入に応じたことから、右Bに一枚六〇〇〇円で四〇〇枚の購入を申し込み、前記公訴事実記載の日時・場所において右両名と会い、Cから代金三〇〇万円を受領した後、そのうち二四〇万円をBに渡し、次に同人から改ざんカード四〇〇枚を受け取って、そのうち三〇〇枚をCに交付したこと、その際、被告人は、転売された右カードの最終取得者が改ざんされたカードであることを知りつつカード式公衆電話機に挿入して使用するであろうことの認識を有していたことが認められるが、検察官が釈明するとおり、交付の相手方またはその後の取得者において右カードを真正のものとして他人に譲渡する等の認識を有していた事実については、これを積極的に認定すべき証拠は存しない。

なお、改ざんされたテレホンカードをカード式公衆電話機に挿入して電話をかけることを助長する本件のような交付行為が反社会性を帯び、いわゆるプリペイドカードが急速に普及しつつある今日、これらの不正行為を防止する必要性があることは否定できない。しかしながら、右のようなカードを作成し、これを実際に電話機に使用する行為は、別に私電磁的記録不正作出・供用罪あるいは電子計算機使用詐欺罪等に該当する可能性があるけれども、本件のように、機械に対して使用するであろうという認識の下に事情を知る者にカードを交付する行為は、現行法上これを処罰する規定は存在しない。

六  以上に検討したところから明らかなように、被告人は本件カードの交付の際、変造有価証券交付罪の要件たる行使の目的を有していたものとはいえず、結局本件公訴事実は罪とならないことに帰結するから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡しをする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 新矢悦二 裁判官 久我泰博 裁判官 曳野久男)

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